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2006/10/4 Vol. 029
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◆ 炭山裕矢初優勝記念特集号 ◆
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皆さん、応援ありがとうございました。全日本第8戦で炭山がラリードライバーデビュー後初の優勝をいたしました。
弊社の事をこの場でお話するのも恐縮いたしますが、キャロッセからは、桜井幸彦選手、今では世界のアライとなった新井敏弘選手が大きく羽ばたきました。
その後に続く未来のスター選手を育てるべく、キャロッセの若手育成プログラムが、故加勢前社長により2002年にスタートいたしました。残念ながら、志半ばにして2003年に加勢前社長は亡くなりましたが、プログラムがスタートしてから5年目にして実を結びました。しかし、まだ1つ目の実が生ったばかりです。今後のクスコレーシング、ラリーチームをご期待ください。
今回はかなり長くなってしまいましたが、ドライバーを始めとしてスタッフの言葉をお届けします。
画像は、クスコホームページでお楽しみください。
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炭山ドライバー
最初のSS1が勝負だと思っていたので、雅之さん(石田雅之選手)にコンマ3秒落ちでいけたから、「これはいけるかな!?」と思い、SS2を行ったら、雅之さんが落っこちていて、その先500m位先で、今度は自分がコースアウトして、「これはリタイアかな…」と思ったのですが、ハンドル切ったまま前へ出たら運良く出られたんですよ。幸い後ろの大庭さんからも追いつかれなくてね。あとでビデオ見たら10秒程度だったんですけど、その時の自分には1分位に感じました。
その後のSS3は、タイヤの選択が合って、そこで勝田さんに20秒くらい勝って、北村さんとはほぼ同タイムくらいで上がったんで、これはスピンしなければまだ芽があるなと確信しました。
で、1日目は結局勝田さんに追い上げられた形で終わったんですが、2日目は正直、勝田さんの追い上げがきつかったんで、厳しいかなという思いがよぎりました。
しかし、エンジニアから、タイムなどの分析をしたら「十分いけるでしょう」というアドバイスがあったので、「だったら、いけるのか!」と思い、もうここまで来たら優勝したいという気持ちがみんなにあったし、そのまま走っていきました。
少しずつ、タイムが縮まって、最終SS前に1秒差というところで、「チャンスはそうそう無い!」…そう思ったんですよ。自分がやっていたダートラならともかく、長い距離を走るラリーでは1位になるチャンスなんてそうそう無いと。
今回は、最後のSSでトップをとれば、優勝出来るというところで、変に気負いとかせず、最後にゴールすることが当然の目標としようと沼尾とも話して、走ったらいけちゃったんですね。
結構危ないのは何箇所もあったことは事実ですが、のるかそるかのような気持ちやリタイア覚悟の気持ちで走ったわけでもなく、100%以上の力で走ったのでもなく、走りきることを大前提とした気持ちで走りました。
今回は、あのような争っている場面での自分の精神力や自分の走りが出来たということが1番得たものですね。
最後に、
自分をラリーという世界に入れて下さった加勢前社長に心から感謝いたします。
自分は愛知の実家に居ながら、ダートトライアルをやっていました。そこで、チャンピオンも獲ることが出来、ダートラしか知らない自分はラリーという競技に進むとは思ってもいませんでした。
加勢前社長が自分を見出して下さり、シーズン途中に声を掛けて下さいました。
「駄目ならやめても構わない」と言って下さり、シーズンが終わり、その年末には、群馬県にキャロッセの社員として、キャロッセのラリードライバーとして家族でやってきました。
翌年(2002年)からラリードライバーとしての自分が始まりました。
加勢前社長は、細かい事は何も言わず、「好きなことをやっていればいい。最初の1、2年は経験を積む時間にすればいい。」と殆ど口を出されることもなく…。ほどなく、突然の病に倒れ、本当に何も言っていただけることなく、翌年他界されました。
長いスパンでラリードライバーとして育つよう自分を見てくれた加勢前社長と会社に感謝しています。
5年目にようやく、1つの恩返しが出来ました。
30歳になり、「もう若手じゃないな」と周りから言われ始めた中での30代初のラリーで勝てたことも嬉しく思います。
これからも、常に上を目指して、強いドライバーになることが加勢前社長と会社、そしてどんな時でも応援して下さるファンの方々への恩返しだと考えています。
沼尾コ・ドライバー
ついに念願の全日本ラリー初優勝を飾ることが出来ました。今年からクスコレーシングに在籍し裕矢とコンビを組んでいますが、こんなにも早く優勝出来たことを正直驚いています。
今年からのコンビでしたので、色々と試行錯誤しつつ常に上を目指して努力をしてきました。それは、我々クルーだけでなくチーム全員に言える事と思います。全員が“一丸となって勝ちに行くぞ”という気持ちが今回の結果に結びついたことを深く感じています。
今回の大会も様々なドラマがありました。
我々クスコチームはチーム力でドラマを乗り越えることが出来ました。
開始早々のSS2でコースオフしダメージを抱えるもサービスでメカニックが最善の修復に努め、後のベストタイムに繋げることが出来ました。また、ライバルがタイヤ選択で苦労する中、エンジニアは的確な解析と選択をし、遅れることなく上位を保持出来ました。
そして、最終SSのメイクドラマを起こしたのです。
私は、最終SS前にチームと電話連絡を取り、アドバイスを受けました。その声からは今までの好走への称賛と最後に勝ってくれとの期待が込められていました。スタート直前には、裕矢が緊張気味の私に「ミスをしないよういつも通り頑張ろう」と声を掛けてくれました。(本来は、コドライバーの台詞ですが)私は、裕矢の精神力の強さに感銘を受け、内心「これはいける」と感じました。
ステージ中の裕矢は、今までに無くアクセルを踏んでいました。というか抜かなかった感じです。普段から隣に乗っている私が、その激走と車速の速さから恐怖を感じました。
もっとも、私も恐怖心から集中力を欠くようなことにはなりませんでしたが、今思い起こしても怖さを感じる激走だったことは確かです。18キロのSSをあっという間にフィニッシュし、ライバルと自分たちのタイムを確認している時、私は最も緊張が走りました。
ライバルのタイムを聞いた我々は、車内で奇声を発しながら手を握り合って初優勝に歓喜しました。
近年稀に見る大接戦と大逆転劇をチームに伝え、サービスに戻ってきた我々をチームは涙で迎えてくれました。裕矢の5年間の努力とチームの努力から得た今回の初優勝の歓喜を改めて感じた瞬間でした。その後、興奮冷め止まぬまま関係者やファンの皆様からの祝福を受けながら私は漸く安堵感に浸りました。表彰式では皆さんから祝勝され、感極まった私は壇上で涙しました。
今回の初勝利を得るまで、数多くの声援と多大なご支援ご協力を頂いた、ファンの皆様、関係各位に改めて御礼します。
そして、最後に大逆転劇をやってくれたドライバーの裕矢「本当にありがとう!!」
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写真提供[JRCA]
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※プレイドライブWEBで、炭山裕矢走行動画がアップされます。要チェック!!
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林監督
ドライバーはもとより、どこのチームよりもスタッフが若く、来年、その先へと繋がっていく楽しみがあります。
裕矢は、この5年間勝てずに辛い時期もあったと思うが、ようやく波に乗ってきた感じです。
まだ最終戦があるので、シリーズ3位を目標に次戦も頑張ります。
松田久エンジニア
今の全日本ラリーの規則は、国際自動車連盟(FIA)規則に近くなっています。
FIA WRCで活躍している選手が参加する、全日本ラリー選手権において、キャロッセ若手育成プロジェクトのドライバーの炭山選手が通過点として1勝できました。さらにこの1勝を平均年齢30歳のチームで達成できたことをたいへん嬉しく思っています。
と同時に温かく応援していただいた全日本ラリーを築いてこられた先輩達へ深く感謝いたします。
全日本ラリー選手権という土俵をお借りして世界へ通用するドライバーまたはチームが生まれれば幸いです。
青木エンジニア
自分からは、特別大きな指示を出した事は無かったのですが、チームワークで優勝をすることが出来、大変嬉しく思っています。
小野沢チーフメカニック
キロロは、最初から“勝ちに行く”という気持ちをいつもより強く持って臨みました。
今回のためにのセッティングなり色々な面から詰めていき、それが上手く実を結びました。
熊崎メカニック
キロロラリーというのはシリーズエントリーの全選手が狙っているラリーで、自分達も目標としているラリーでした。
自分では初経験の、もう今までにない忙しいサービスでしたが、幸い大きなトラブルも無くサービスは終わりました。
最終SS前に電話が掛かってきて北村さん、勝田さんが同タイム1位で1秒差で裕矢さんと聞いたその後は、なかなか落ち着かなく、優勝が決まったときには最終SSのタイムがあまりにもブッチギリだったんで、北村さんと勝田さんのチームに小野沢さんと再確認に行ってしまいました。
ブログにも載ってましたが裕矢さんが帰ってきたときに小野沢さんと抱き合った時には感動のあまり目頭が熱くなりました。
会社に入って初めてのシーズンでこのような機会に遭遇できたこと、このチームに入れたことを幸せに思うと同時に誇りに思います。
裕矢さんはまだまだ速くなると思います。それに伴って、「裕矢は速いけどメカはだめだ」と言われないように自分もメカニックとしてのスキルをもっともっと上げて行きたいと思います。
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◆◆◆ 編 集 後 記 ◆◆◆
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今月号は、GTファンの方や、他の情報を楽しみにしていた皆様には、「ごめんなさい!」という炭山初優勝特集号になりました。
次号よりまた、色々な情報をお伝えいたします。
次の発行日は、11月1日(水曜日)発行です。
-クスコマガジンは毎月第一水曜日発行です-
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